アレッポ「退避」の異様さ

Leaving Aleppo
Leaving Aleppo (Global Times誌より)

さて、シリア西部の都市アレッポでは、一般市民と、反政府武装勢力の「一斉退避」が、行われているようです。
12月13日ころから始まったというのですが、これだとやはり、その直前に行われていた、ローマでの米露講和会談の「結果」だというふうに見るのが、適当でしょう。
国連で、フランス主導で「住民の退避」についての決議が採択されたということですが、それも、「その結果」であって、フランスが問題だというわけではなく、フランスは、旧宗主国という立場ですから、「役割」を引き受けたというに過ぎない。

これはいったい、なんなのか

今回のことを見ていると、非常に「おかしな気分」になってきました。
これはいったい、なんなのか。
シリア政府軍が、アレッポの95%を掌握したからといって、どうして、住民が、出て行かねばならないのか。
そこに住んでいた人たちの「全員」が、反政府武装勢力なわけがありませんよね。
女性や子供だっているんだし、男性のすべてが、武装闘争をやっていたというわけもない。
ならば、どうして、シリア政府軍が、「自国民」に、「出て行け」と言っているんでしょうか。
アレッポを奪還したならば、政府軍は、あとは、そこの住民を、守ればいいという話ではないのか。
なぜ、「全員出て行け」になるのか。
これは、根本的に、おかしい。
おかしいけれども、まるで「それが当たり前」のようになっていますよね。
国連で、そういうことで一致したから、と。

ローマでは、どういう話でまとまったのか

私は、変な気持ちがしていたんですが、そもそも、ローマでは、いったい、どういう交渉結果になったのか、誰も知らないわけですよね。
米露の間で、どういう結論になって、どういう約束になったのか。
誰も知らないんですよ。
だったら、それは「結果」から、推測するしかないということです。
結果は、「住民を含め、生きている人間は全員出て行け」なんですよ。
それが、「交渉の結果」だとしたら、これの「意味」は?

シリアでも有数の都市

アレッポというのは、シリアでも有数の都市で、古くから、非常に栄えていた場所だったようです。

位置関係Syria
Aleppo
そして、そこから、残っていた住民を、全部追い出すと。
もちろん、反政府武装勢力も、退避に同意をしているらしいので、これは、アメリカ側が説得をしたという「体裁」に、なるのでしょう。「説得に応じなかった相手」は、もう殺している…。
だからこれが、ローマ講和の「結果」であると。
しかし、どうしてこうなっているのか。
変ではないのか。

過去の「住民総移転」の例

沖縄が占領され、大日本帝国が無条件降伏をしたあと、米軍は、生き残った沖縄の住民を、いったん、すべて、別の場所に収容して、その間に、米軍基地を作り上げ、それが終わってから、住民を返したと。
「おまえらは、空いている場所に住め」と。
そういうことがありました。
だから、「住んでいる人をすべて追い出す」ということをする場合には、「そういう目的」のケースが、まず考えられるわけですね。
そこに居られると、「ほかの目的のための建設をするのに邪魔だから」と。

割譲ではないのか

じゃあ、アサドが、アレッポを「沖縄のような軍事要塞にしようとしていて、だから追い出したのか」と言ったら、どうも、そうではないような気がする。
私は、なんとなく、「アサドは、領土の割譲に応じたのではないか」という気がして、仕方がないんですね笑。
それは、つまり、交渉というのは、取り引きのネタがなければ、成立はしません。
今回の場合には、アサド側が、ロシアの力を借りて、アレッポの95%を掌握したと。
それが、「取り引きのネタ」だったはずなんです。
だから、アレッポを掌握するまでは、ローマ講和は行われなかった。
劣勢の相手とは、誰も、交渉をする必要を感じないからです。
アサド軍が有利になったからこそ、アメリカは、交渉のテーブルに出てきたんです。
じゃ、アレッポを掌握して、そのあと、どうやって講和をやるのか。

アサドが辞めないためには、何かを差し出す必要がある

アサド側の条件は、「アメリカがアサド政権を承認すること」ですね。
アサド政府を、正当な政府と認めて、二度と政権転覆に協力をするなと。
これは、譲れない条件でしょう。
しかし、これを、アメリカに認めさせるには、どうしたらいいのか。
アレッポを掌握したということだけで、「うん」と言わせることが、できるのか。
ここで問題になってくるのは、周辺国のアサド政権への態度です。
アサドに「辞めなくていい」と言ってくれているのは、ロシアとイランだけなんです。
そのほかの国は、全部、「アサドが辞めるということが、条件だ」と言っている。
トルコですら、そうなんですよ。
そこをひっくり返すには、どうしたらいいのか。
プーチンの援護射撃だけで、なんとかなるものなのか。

「交渉」には、「材料」が必要である

だから私は、なんとなくですが、領土の割譲ということで、譲歩をしたんじゃないのかと。
アサドは、「自分が辞めないこと」の代償として、アレッポを差し出したのではないのか。
もちろん、現段階で、アサド政府軍が軍事制圧しているアレッポを、割譲する、差し出すということは、突飛な考えだと、思われるでしょう。
だったら、どうして制圧をしたんだと。
だからそれは、上で述べたように「取り引きの材料が必要だったから」です。
「自分の支配下にない地域」なんてものを、割譲の取り引き材料として差し出すということは、できませんよね。
そこの地域が、自分の支配下にあるという状態になってはじめて、「これを差し出します」ということが可能になる。

割譲を前提に講和をやっているならば、今後はこうなる

だから、もしも、私の予感が当たっていたとしたならば、今後、アレッポで起こることというのは、こうなるでしょう。
  1. 無人のアレッポにおいて、シリア政府軍が、インフラを滅茶苦茶に破壊する。
  2. そのあと、政府軍は出て行く。
  3. アレッポは、国連の直轄地になり、国連軍が入る。
  4. それが数年続いたのち、アレッポは、クルド人と、反アサド政府軍の共和国として、独立を宣言する。
なぜ、1が必ず起こると思うかというと、「割譲」をしたとすれば、そこに、もう一度人が住むことを「困難にしておく」というのが、常識だからです。
アレッポにできるはずの「独立国」は、アサドに敵対的な国になるはずなので、その「国」ができるのを、なるべく遅くしたいわけですね。
だから、なかなか人が住めないようにと、滅茶苦茶に壊すはずだし、ひょっとしたら、毒性のある何かをばらまいておくかもしれない。
そういう「破壊行為」を全部やったあとに、アサド政府軍が、いっせいにアレッポから出て行ったとしたら、やはり、「そういうこと」だったんじゃないでしょうか。
そうなるのかどうかは、わかりませんが、やはり「全住民の追い出し」というものは、「普通の道筋」では、理解ができないんです。
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トルコを納得させるには?

そして、トルコは、アサドに辞任を要求していましたが、シリア内戦を終わらせるためには、トルコにアサド政権を認めさせる必要というものは、絶対にあります。
だから、どうやるのか。
それは、アレッポの割譲、クルド人に国を与えることによって、クルド人が、トルコから領土の切り取りをすることを「防ぐ」という意味合いにおいて、トルコを利することになるのです。
エルドガンは、シリアのクルド人が、トルコ領内に入って、領土の切り取りを企んでいることを、非常に警戒していましたから、シリア領内に入ってまで、空爆をやって、クルド兵を殺した。
しかし、トルコは、本当は、いつまでもこんなことを続けたくはない。
クルド兵が、国を持って、落ち着いてくれれば、領土の切り取りを警戒しなくて済むようになる。
だから、そういう意味合いでも、アサドがアレッポを割譲するということは、私の「突飛な思いつき」というよりも、現実的な妥協案、蓋然性のある申し出、そういうふうに思うんですね。

ローマ講和とは、「アサドが辞めなくて済むための条件交渉」

結局のところ、ローマ講和というのは、「アサドが辞めないためにはどうしたらいいのか」、それを探った結果、落としどころが、割譲以外には見つからなかったのではないのか。
アレッポを割譲して、将来的に別の国の成立を認める、そうなれば、アメリカも、EUも、今のところは、「人権でアサド辞めろ」の大合唱というものを、引っ込めざるを得ない。
アサドが引退を宣言し、次の大統領を決めるための選挙をやるということにすれば、アレッポの割譲という事態には、なっていなかったのではないかと思いますが、たぶん、もう、アサドは辞められなくなっていた。
アサド本人は、どっかの時点で辞めてもいいと思っていたのかもしれないんですが、ロシアがここまで介入すると、自分の意思では、辞めるということは、できなくなったというわけです。
例えアレッポを割譲してでも、自分は辞めないという、そういう方向性でもって、ロシアに講和をやってもらった、そういうことではないのでしょうか。

シリアでの実験が「敗北」ではなかった可能性

シリアの件は、イラクで成功し、チュニジア、エジプト、リビアで成功したアメリカが、そういう成功体験があったから、「シリアにもやってみようと思った」というのが、妥当でしょう。
アサドを辞めさせることができなかった以上は、シリアでの「政権転覆の実験」は、アメリカ側の「敗北」に終わったように見えますが、実はアレッポを割譲させ、のちにそこを独立国にしていくということであるならば、これは、アメリカの「負け」とは、言えないかもしれません。
そして、もうひとつ。
シリアのアサド政権というのは、北朝鮮の金王朝と、非常に似ているんですね。
だから、この「実験」による「教訓」というものは、今後、「東アジアでの実践」にも、生かされる可能性が、あるわけです。
アメリカ政府が、金王朝を、どうやって倒すのかということを考えた場合には、シリアの例を参考にするということは、間違いありません。
西洋人の目から見れば、シリアと北朝鮮は、「似ている」んですから。