イスラエルでトラックテロ

さて、イスラエルの話題です。
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(エルサレムでのトラックテロで4人死亡、10人負傷)
エルサレムの、Armon Hanatziv別名East Talpiotという地区で、アラブ人の男がトラックを暴走させ、通行人に突っ込み、死亡者負傷者が出たと。

位置関係
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テロと見られています。
男は、イスラエル兵士がバスから降りるところを狙って、トラックを暴走させたと見られている。
In Sunday’s vehicular terrorist attack, Fadi al-Qanbar, identified as resident of the Jerusalem’s Jabel Mukaber Arab neighborhood, rammed a truck into a group of soldiers who were exiting a bus at the promenade.

日曜のトラックテロは、ファディ・アルカンバールという、エルサレムのJabel Mukaberというアラブ人地区に住む者と判明、バスから歩道に降りていた兵士を狙ってトラックを突っ込ませた。
トラックの男は、その場にいた兵士と「市民」によって、射殺されたという。
…なので、「市民」とかが、普通に銃を持ち歩いているとか、そういう状況のようである。
Qanbar was shot by a civilian tour guide and by soldiers at the scene. He immediately died of his wounds, police here said.

犯人は、ツアーガイドの市民と、兵士によって撃たれた。
彼は即時に死亡したと、警察は述べた。

「犯人を撃つのを躊躇した理由」

このテロ事件のあと、イスラエルでは、どういう話がされているかというと、それがまた、ぞっとしてしまうんですが。
「その場にいた兵士たちは、トラックを暴走させる男を撃つことをためらってしまった」
と言うんですね。
…ということは、バスから降りていた兵士たち(たぶん、非番とか移動中)は、みんな、弾を装填した銃を持参して、武装していたということになりますよね。
そして、武装していたのに、男を撃つことをためらったのはどうしてかということを、言っているんですが、それは、3月に、19歳の衛生兵が、投降して地面に伏せているパレスチナ人の「テロリスト」を、撃ち殺した罪で、殺人で有罪になっていたからだ、と言うんです。
ああそういえば、なんか、そういう物騒な話があったなあ。
その「投降したのに撃ち殺されたパレスチナ人テロリスト」というのは、イスラエル兵を刺したんだそうです。
刺したということは、銃は持っていなかった…そして、地面に伏せたと。
そこを、撃ち殺したから、有罪と。
しかし、そういうことがあったから、今回のトラックテロ犯をすぐには撃たなかったんですとか、そういう話をしているんですね。
有罪になった兵士は、Elor Azariaという人で、その人はこう言っているんだそうです。
Azaria had said that he heard someone shout that the terrorist might be wearing an explosive device and he claimed that he acted to protect nearby soldiers. That claim was rejected by the military court.

アザリアは、誰かが、テロリストが爆弾ベストを着ていると叫ぶのを聞いて、ほかの兵士を守ろうとしたのだと言った。
この主張は、法廷では退けられた。
ええと、爆弾ベストを着ている人を「撃ち殺す」というのは、「相当に離れたところから」撃たないと、自分や、周囲の人が危険だと思うんですが…なんなんだろうな。
ともかく、そのときに殺されたパレスチナ人は、爆弾ベストは着ていなかった。

そういう事件があったから、今回の件でも、トラック暴走犯をすぐには殺せなかったので、死傷者が増えてしまったよ…僕たちって、なんて気の毒なんだろう…。
と言って、イスラエル人どうしで、被害者感情を高めあっている…。
まっ、そういう感じなんですよね。
イスラエルって。

イスラエルとは、どうしたらいいのか

前から言っているように、イスラエルについては、とにかくユダヤ人を嫌えばいいとか、そういう話ではなく、というかそれだと、ヒトラーと同じですし、かといって、「ホロコーストをされて気の毒だったから」と言って、なんでもかんでも特別扱いにして、大目に見てあげれば、それでいいのかと言ったら、そうでもない。
または、「イスラエルという国は、存在してはいけないんだから、なくなれ」と言っても、それはもう、実際には、無理なんですね。
無理だし、「その文脈」では、彼らとは、話にはならないんです。
「イスラエルという国はあってもいい」というところからでないと、イスラエル人との話というのは、できないということは、これは確実だと、私は思います。
そしてまあ、イスラエルに「なるべく無害になってもらうためのアプローチの仕方」として、日本人にしかできないような方法、そういうものは、ないのだろうかとか、そういうふうにも、考えていたんですが、今回、ちょっと、こういうふうに試してみたんですね。

まず私は、
ユダヤ人は、ぜんぜん特別じゃないと思う。
彼らには、ほかの人と同じ権利しかない。
というふうにコメントをした。
そしたら、ある「たぶん親イスラエルのアメリカ人」ぽい人が、こういうふうにレスをしてきた。
最低でも、彼らは人間だぜ、平和な人たちさ!それが最も大事なことさ。
なので私は、こういうふうにリプをしたんです。
平和な人たちというのは、建国からずっと、常に死と暴力に囲まれていたりしないわよ。
何が言いたいかというと、私は、イスラエルにまつわる暴力と死にうんざりしているの。
どうしてそうなのよ?
例えば、ウチのアホな首相が、イスラエルに接近しようとして、お金を提示して、ネタニエフと一緒にエジプトでスピーチをやったら、すぐに、2人の日本の人質が首を切断されたのよ。
さらに、昨年の7月には、7人の日本の民間人が、死者の列に『選び出されて』、バングラデシュで殺されたのよ、あなた、知ってる?
彼らは、日本人だからというんで、バングラのテロリストによって、死亡者リストに載せられたのよ。
だったら、私たちは、どうしたらいいわけ?
「イスラエルには絶対に近づくな、じゃないと危険に晒される」
そういうことだから、イスラエルの人たちは、できるだけ暴力なしで生きる方法を、考えないといけないということなのよ。
そしたら今度は、別の相手が、上のコメントを見て、こういうふうにレスをしてきました。
たぶんこの人は、ユダヤ系アメリカ人か、ひょっとしたらですが、イスラエルのユダヤ人なのかもしれません。
キミは、どこから来たの?
彼らは(イスラエル人)、出来る限り暴力なしで生きるようにしているよ。
イスラエルが軍隊を使うときというのは、彼らが母国を防衛しているときだけなんだ、それだけ。
なので、私は、こういうふうにリプをしました。
じゃあ、私たちは、イスラエルと接近したときに、どうやって、暴力を回避したらいいのよ。
私が言ったように、ウチのアホ首相が、イスラエルに接近した直後に、実際に、日本人が殺されているのよ。
だから、イスラエルに接近するということは、危険という以外の何物でもないじゃない。
どうしてそうなのよ?
これは、私たちが引き起こしたわけじゃない、だったら、イスラエルの人たちが、なんとかするべきでしょ。
仲良くしたら命の危険があるんだったら、誰もイスラエルと友達になりたいなんて、思わないわよ。
前にも言ったけど、日本人は、イスラエルに接近した直後に殺されているのよ、どうしてなの?
私が知る限り、私たちが原因を作ったわけじゃないわよ。
すると、この相手は、こういうふうに言いました。
スタンダードなイスラエル嫌いのリベラルだね。
こういうのは、荒らし行為ですから、普通なら無視するんですが、今回は私は、ちょっと食い下がってみました。この人が、イスラエルの関係者かもしれないと思ったからです。
イスラエル人は、あんたみたいなネット荒らしを送り込むのは、間違っている、そんなことをすれば、余計に恐ろしげに見えるだけよ。
彼らは、やりかたを変えなきゃ。
誰かが、イスラエルの巻き添えになって暴力の犠牲になりたくないと言えば、彼らは、あんたみたいな荒らしに、「イスラエル嫌い」と言わせる、じゃあ、私にどうしてほしいのよ?
「われわれと一緒に、死んでくれ」冗談じゃないわよ、なんで私が。
イスラエルには、借りはないわよ。
彼らがするべきことは、外国の友人を呼び込むためにふさわしい環境を整えることなのよ、もう少し恐ろしげでなく見えるように、もう少し、暴力との関係がなさそうに見えるように。
そう言っといて。
そしたら、この人は、こういうふうに言ってきた。
土地は彼らのものだ。
ジュデアとサマラの名で知られる彼らの祖国から、民族浄化をしようとしても、(土地の所有権についての)事実は変わらない。
あーやっぱり、この人、「イスラエル関係者」なのかもな。
なので私は、さらにこう言いました。
私は、土地の所有権の話なんかしてないわよ。
私が言ってるのは、なぜだかイスラエルを取り囲んでいる暴力のことよ。
なぜなら、何人かの日本人が、そのために殺されたからよ、私たちは、土地争いには、ぜんぜん関係がないのに。
私たちは、どうしたら、暴力を回避できるの?
今のところは、私たちにとっての、最も簡単な解決法は、イスラエルには近づかないということよ、暴力がおさまるまで。
その暴力をおさめるのは、私たち日本人の役目じゃなくて、イスラエルの人の役目よ。
取りあえず、そのあとは、返事はありませんね。
だから、「友達になりたいなら、暴力的な雰囲気をなんとかしてくれ」と、そういう言い方も、こっちが日本人の場合には、アリだろうと、思うんですね。
土地の話とか、民族の話とか、そういうややこしい話はしなくても、「とにかく、巻き添えは御免だから、仲良くしたいなら、暴力をなんとかしてくれ」と。
実際問題、上で紹介した記事のような状態が続いていれば、イスラエルと仲良くしたいとは、ほとんど思いませんよね。
だから、余計なことは言わないで、「巻き添えは困るし、暴力は嫌いだから、それをなんとかしてくれるまでは、悪いけど、仲良くできそうもない」と、そういう話の持って行き方は、こっちが日本人で、相手がイスラエル人の場合なら、アリだろうと、思うんですね。
暴力と共に生きるという状態に慣れている人たちには、「それは、普通じゃないし、なんとかしてくれないと、こっちとしては、あんまり仲良くするわけにはいかない」ということを、教えないと、わからない。たぶん。