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物言わぬ死者たちの報われない「待ち時間」

前の記事で、マレーシア航空機MH370便のことを書いたんですが、たまたまこの便に乗っていたために、不運にも亡くなってしまった200名以上の人について、この人たちが「どうなったか」「どうして死ななければならなかったのか」が明らかにされるのは、いったいいつごろになるのだろうかなあと、暗い気持ちになってしまいました。
それで思い出したのが、まったく関係はない別の事件なんですが、「不運にもなんらかの事件の犠牲になって死亡した人たち」で、その人たちが「どうやら、誰かにまとめて殺害されたらしい」ということが言われるまでに、3年がかかっていて、さらに、「どうなったのか」がちゃんとわかるまでに、50年もかかったというケースのことです。
カティンの森事件ですね。
知っている人はもちろん知っていて、知らない人は、ぜんぜん知らないかもしれない。
まあ、この名前を聞いたことすらないという時点で、その人は、かなり「いろんなことに不案内な人」だと、言えると思います。
どうなのかな。日本人だったら、10人中、何人の人が「知っている」と答えるんでしょうか。

まあそのへんも、ちょっと不安なので、「TVをつけながら、日本語のブログを、スマホでながら視聴するような層」とか、「通勤の行き返りに、ヒマつぶしに無料ブログを見るような層」にも、ちょっとくらいは知っておいてもらいたいと思い、少々でも、事件に触れておきたいと思います。

想像を絶する残虐事件

具体的なことは、ウィキペディアでも参照してもらえばいいと思うんですが、捕虜にしたポーランド兵士たちを、後ろ手に縛って射殺をしたというのが、だいたいの話だと思うんですが、本当に、ひどいことをします。
私は、殺す前に、「穴を掘らせていたに違いない」と、思いますね。
穴を掘るのって、大変ですから、「大量に殺してやる」と思っている側にしてみたら、自分たちの手では、やりたくないでしょう。
だから、捕虜全員で、何日かかけて、大きな穴を掘らせて、それが終わったら、その前に立たせて、次から次へ射殺して、すごく「効率的」に、処刑をしていったんじゃないかと、そういう気がします。

当時、捕虜になったポーランド将校たちだそうです
ポーランド将校
この事件は、謎であるうえに、事件の発覚から解明、邂逅までに、複雑怪奇な経過を辿っていて、今でも「完全解決した」とは、ちょっと言えないんじゃないかという感じですよね。

カティンの森事件の奇怪すぎる展開

カティンの森事件というのは、被害規模の大きさと比べ、事件の詳細が、はっきりしなさしぎるんです。
被害者の正確な人数はおろか、事件が起こった正確な日時すら、はっきりしていないんですね。 だいたい2万人くらいで、おおむね、1940年の3月ごろだったんだろう、ぐらいな。
ポーランドが、ドイツとソ連の両方から攻められているという複雑な時期に起こったために、ドイツとソ連が互いに罪をなすりあい、最後の最後まで、「どっちがやったのか」ということについて、争われ続けた。

地元の人たちは、「大量虐殺があったらしい」ということは、薄々知っていたので、それがナチスドイツの耳に入って、やっと死体が発見されるまでに、3年。
「ドイツとソ連のどっちがやったのか」ということに決着がつくまで、50年。
プーチンが現場を訪れて、慰霊の花を添えるまで、70年かかっている。
だから、この、被害者と遺族が、いちおうの決着を得るまでに、70年もかかっているんです。
MH370機のように、どこだかわからない海上で消えたというのではなく、地上の事件だったのに、それだけかかっている。
だから、だいたいの話が、「軍隊がやったこと」というのは、なかなか表に出ないようになっているんですよね。
ケネディ大統領暗殺なんかも、そうだと思う。
1963年に死んだ人の「死亡の詳細」について、2039年まで記録を封印するとか、それはもう、どう考えたって、軍隊絡みだからでしょ。
旧日本軍がやったことだって、そう。
あれなんかも、戦勝国が無理やり裁判にかけなければ、そのまま「埋もれて」いたものが、多かったはずだし、731部隊については、裁判から除外されたから、今でもよくわからないことになっている。
日本に限らず、カティンの森事件なんかを見ても、そうですが、「軍隊がやったこと」というのは、基本的に、「わからないようにやってある」し、わかりそうになったら、なんとかして誰かに罪をなすりつけようとするというのが、普通だということですよ。
原爆みたいに、最初から見せつけることが目的だったような場合は、別としてです。
だから、マレーシアの飛行機の件なんかも、その結果が「わからなければわからないほど」、どこかの国の軍隊が関与していると見るべきだと、私は思います。
御巣鷹山の日本航空123便についても、同じようなことが関係しているはずだと、私は思っていますね。
ウクライナで撃墜されたことがわかっているほうのマレーシア機については、ロシア製だったことが確実だとか、だから親ロシア派の武装勢力の仕業に違いないとか、そういう話ですが、それだって、今の時点では、わからないと思う。
例えば、カティンの森事件の「真相」がわかるまでには、さんざん、「なすりあい」があったわけで、遺体に撃ち込まれた銃弾がドイツ製だったとか、そういう事情もあって、ヒトラーがやったと思っていた人も、多かったはずですから。
しかし、実際には、ドイツ製の銃弾で、ポーランド兵を殺したのは、ソ連兵だったという、そういう、複雑な、そして普通なら考えにくい内容のほうが、「事実」だったわけです。

ソ連兵の恐るべき口の固さ

驚くのは、この事件に関わったソ連兵というのは、けっこうたくさんいたはずなのに、ヒトラーから名指しをされてからも、「情報漏れ」が、なかったぽいことですね。
もちろん、戦後も、ソ連の情報統制は、ほかの国よりも徹底していたからということも、あるはずですが、それにしたって、これだけの大規模な事件に関わっていた末端の兵士たちは、相当の数がいたはずだと思う。
でも、誰ひとり、秘密を漏らさなかった。
私は、こう思うんですが、遺体が発見されて、ヒトラーから名指しをされたあと、スターリンは、事件に関わった末端の兵士たちを、積極的に「始末」したんじゃないんだろうかと。
難癖をつけて強制収容所に送るとか、もうひとつは、「死にそうな前線に送るとか」です。
そうやって、秘密が漏れないようにしたんじゃないのかと。
こういうことは、スターリンでなくても、そしてソ連でなくても、やっていましたから。
例えば日本、2・26事件の反乱側に関わった末端の兵士たちは、口止めのために、体よく「死にそうな前線」に送られて、「なるべく死ぬように仕向けられた」という話が、ありますね。

ソ連が崩壊していなくても、認めていただろうか

カティンの森事件では、「どっちもそういうひどいことをしそう」だったから、互いに罪をなすりあって、どっちがやったのかということは、最後の最後まで、グレーだったし、「やった側」が認めるまでには、50年かかったし、そもそもの話が、ゴルバチョフが改革を始めて、体制が変わって、冷戦が終わっていなければ、まだ認めてはいなかったはずだと思います。
ソ連がまだ存続していたら、「やった」ということは、認めていないと思う。
今でも、ヒトラーのせいにし続けていたんじゃないんですか。
だから、例えばケネディの暗殺のようなものも、そしてウクライナで撃墜されたマレーシア航空機についても、さらに行方不明のほうのマレーシア航空機についても、やったほうが「やった」と認めるのは、その「体制」が、壊れたときしか、ないような気がするんですよね。
南京大虐殺だって、731部隊だって、ほかの地域でのいろいろな虐殺だって、日本が敗けて、事件当時の体制が終わっていなかったら、認めていませんよね。

画像はNYTより
献花をするプーチン
putin

ドラマチックすぎるオチ~ポーランド首脳を襲った悲劇~

カティンの森事件というのは、本当に、呪われた事件だなあと思うのは、プーチンが慰霊のために訪問した年には、その3日後に、奇しくもポーランドの政府専用機が落ちて、大統領夫妻や政府高官もろとも死亡しているという、ドラマチックすぎるオチもあったと。
私は日本人なんで、こういう話を聞くと、やっぱり、「呪いだ」というふうに、思いたくなるんですよね。
亡くなった人たちは、自分の祖国に祟るつもりはなくても、怨念だけが残っているから、祟ってしまうとか。
ポーランドの人たちは、どういうふうに思っているのか、わかりませんが。

ポーランド政府専用機の残骸ポーランド政府専用機の残骸
余談ですが、もしもカティンの森事件の真相を知ったら、この人↓は、いったいどんな悲壮な曲を作ったのかなあと、思ったりしますね
chopin