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インドはどこへ行くのか

前に書いたんですが(過去記事:プーチンは何をしたいのか~ロシアが軍事演習を強化~)、プーチンは、どうやら「東ユーラシア版NATO」を目指しているぽく、そして、そのためには、「その中」から米軍基地を追い出すということが、絶対条件です。
その際に、最も問題となるのは。
やっぱり、インドじゃないのか。
india
前にもちょっと書いたんですが、インドはパキスタンと対立していて、軍事衝突も、ときどきやっているんですが、最近では、少数民族のカシミール人(イスラム教徒)を、迫害している(過去記事:インド政府がカシミール独立派の市民8人を殺害)というので、カシミール人に味方をするパキスタン側との関係も、険悪化。
この前、インド軍の宿営地への「玉砕テロ」(過去記事:インドが実効支配中のカシミールで軍を狙った玉砕テロ、もはや内戦の様相)があって、インド兵17名が殺害されたあとは、報復に燃えるモディが、パキスタン軍へ向かって発砲して、パキスタン兵2名を殺したという情報がありましたが、今のところは、それ以上の軍事抗争には、発展していないようですが。
この衝突については、まるで盧溝橋事件のように、「どっちが先に発砲した」とかいう、なすりあいになっている模様です。
そのあと、パキスタンでまたテロがあったという情報を見たような気がしますが、パキスタンでは、大規模な病院テロ(過去記事:パキスタンの病院内で自爆テロ、53人死亡56人負傷)もあったばかりですが、なんなんでしょうかね。
indiapakistan

インドがなかなか面倒な理由

インドというのは、いわば、でっかい香港のようなもの、またはヒンズー版サウジアラビアみたいな、そういう感じですよね。
香港とは規模が違いすぎるとか、宗教的背景が違うということから、香港と比べるという人は、いないと思うんですが、実は、インドに一番似ているものは、香港である。
イギリスを「祖国」だと思っている。
london
白人を恨んでいない。
英語ができるということを、「ほかのアジア人」に自慢していて、そのことで、自尊心を保っている。
フィリピンも、そういうところはあるんですが。
だから、宗教を別とすれば、香港との決定的な違いは、「貧乏かどうか」ということなんです。 サイズは違っても、方向性としては、同じ。
宗教的に原理主義であるという面で見たら、サウジアラビアと近いし、違いは、イスラム教なのか、ヒンズー教なのかということ、王家があるかないか、貧乏かどうかということだけ。
実は、そんなに変わらない。

香港の面倒臭さの理由

だから、香港もそうなんですが、「内面」の「優越意識」が変わらない限り、「親米」「親西洋」であるという姿勢は、変わらない。
「より西洋化されている」という点においてのみ、「ほかのアジア人よりも偉い」と思えるんだから、こういう感覚は、なかなか捨てられない。
香港の場合は、これまでは、本土の人よりもお金も持っていたということで、威張ってきたんだけれども、それができなくなってきて、焦っている。
お金で負けてきても、まだ、「本土の人間よりも偉いんだ」というふうに思いたいから、お金で差がつかなくなってきたら、どうしたかというと、「本土よりも進んでいる」ということにしようとしている。
「民主主義」、これで差をつけようとしているんですね。
だから、順番が逆というか、「差をつけたいから、民主主義にこだわる」というのが、正しくて、別に、「民主主義の信奉者」であるというわけではない。
し、イギリス統治時代に、「民主主義の恩恵」を受けたとか、平等に扱われたというわけでもない。
ないから、「民主主義の有難味がわかっている」とか、「民主主義に感謝している」というわけがない。
香港の人は、民主主義を有難がる理由なんか、ないんですよ。
ないのに有難がる、「これこそが、自分たちが本土の人間とは違うという、決定的な理由だ」と主張する。
つまり、どうしても、本土の人たちと「横並び」になるのは、耐えられないんです。
今まで「こっちのほうが、上等だ」と思ってきた人が、「そうじゃない」「横並びだ」ということを認めるのは、本当に難しい。

日本の面倒臭さの理由

まあ、日本もだいたい同じような感じ。
日本は、でっかい香港であって、違いは、王族(皇族)がいて、英語ができないということくらい。
そもそも植民地にされたままで、自己決定権などはなく、そして、だから、民主主義なんか、まったく機能してこなかった。
だいたいの話が、「そんなものは、誰も気にもしていなかった」「とにかく、腹いっぱい食べたいということだけを考えて生きてきた」のであって、だからこそ、安倍普三みたいな、どう考えてもヒトラー予備軍としか思えない「醜いファシスト」を、首相にするところまで行っているわけですよね。
だから、ざっくり言うと、「腹いっぱい食うこと」だけを考えてきた戦後の日本人が、中国人がお金を持つようになったら、焦って、「このままじゃ、横並びになっちゃうから、差をつけないと」なんて思い始めている、そういう話ですね。
それで、何をやり始めたかというと、香港の人とも、インドの人とも違うんです。
英語はできない、だから「日本教」という、埃をかぶった宗教を引っ張り出してきて、「こっちのほうが上等なんだ」と言い出した。
インドのヒンズー教徒は、もともとヒンズー教だから、ヒンズー教徒であるだけで「こっちのほうが上等だ」と思っていますし、加えて英語ができる。
日本人は、インド人と同じことはできない、でも、インド人よりはお金を持っているのと、「そうだ、ウチにも、日本教というのがあったな」ということを思い出し、それを「倉庫の奥」から探してきた。
「日本教の宗家」というのは、世襲制でやらされていたんですが、あるとき、まあ、戦争に負けたあとですが、宗教をやめないと家の存続が危なくなりそうだと思ったら、「やめる」と言って、やめたんですね。
やめた人は、昭和天皇。
その人が、「日本教の宗家をやめる」と言ったから、次の代の人も、やめたままになっている。
だから、「また宗家になって、日本教の尊師をやってくれ」と言われても、やりたくない。
それをやると、また、家の存続が危なくなりそうだから、「嫌だ」と。
だから、どうなるんでしょうかね。
「誰でもいいから、やりたい人がなる」ということでは「ダメ」だったというのが、日本の歴史だったんですが、今後も、「それじゃダメ」が続くのか、それとも。

「西洋人の力を借りてでも、ほかのアジア人に威張りたい」

話を元に戻しますが、インド。
ここをなんとかしないと、プーチンの構想は、絶対に実現できない。
だから前にも書いたように、プーチンは、インドとパキスタンの両方と同時に軍事演習をやったりして、デモンストレーションをしているんですが、それだけで、インドが米軍を追い出す気になるかと言ったら、もちろん、そうじゃないでしょう。
いったいどうしたら、インド人が「西洋人の力を借りてでも、ほかのアジア人に威張りたい」とは、思わなくなるのか。

「ディエゴガルシアなんかクソ食らえ」

ひとつ余談なんですが、別ブログのほうで書いた(別ブログ記事:インドのネトウヨにパキスタン人認定をされた件 )んですが、この前、インド人投稿者に「パキスタン認定」をされたんです。
そのときに、私は、「モディは、ナショナリストだというなら、まず、ディエゴガルシア島を奪回してみろ」と、言ったんですね。
そしたら、そのインド人は、パキ認定をしてきただけでなく、「ディエゴガルシアなんかクソ食らえ」と、言ったんです。
あら。
ディエゴガルシア島は、インド人のものだという感覚は、ないのかしら。

画像はBeforeit'snews誌より

今では、こんなことにされてしまっているというディエゴガルシア島
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ディエゴガルシア島は、黒歴史の烙印

ディエゴガルシア島というのは、マレーシア航空機の件(過去記事:マレーシアMH370機はどこに眠る~史上最大級の航空機ミステリー~)で、以前に触れたんですが、インド洋にある小さな小さな島で、イギリス領になって、アメリカへ貸し出され、軍事要塞化されてしまった気の毒な場所です。
もともとは、インド人のものだったというふうには、思っていないんだろうか。
まあ、わかりませんが、倭人の右翼が、「米軍を追い払って、沖縄を奪還してみろ」と言われるような感じなんでしょうかね。
とは言っても、琉球は、もともと倭人のものではないということが、あるんで、同じではないんですが。
または、北方領土か。
おまえが本当に愛国者ならば、ロシアから奪還してみろと。
まあ、そこも、もともとは、アイヌの人のものだったと思うんですが。
とにかく、インド人が、本当に、ディエゴガルシアをどうでもいいと思っているのかどうか、よくわかりません。
あれこそは、西洋人に侵略されて、従属させられたという屈辱の歴史の際たる証拠、独立を勝ち取った今でも、消せない烙印だと思うんですが。
「どうでもええねん」「要らない」と、本当に、思っているんでしょうかね。

インド周辺国の底上げがされたとき

西洋人の力を借りてまで威張りたくないと思うのは、それではもう「威張れない」ということがわかったときで、それは、「見下していた周辺のアジア人が、次々に、インド人よりもお金を持ったとき」だろうと、私は思うんですね。
インドが自力で豊かになる前に、周辺の「貧乏だった国」が、どんどんお金を持ち始める、開発が進んで、インドが見劣りがするくらいになったとき。
そのときこそが、「ヒンズー教徒が一番偉い」と思っているインド人が、「なんとかしなければ」と、思えるときなのではないかと。
「これまでのやり方では、もうやっていけない」と、思えるときではないのか。
だから、中国は、「ベルトアンドロードイニシエイティブ(一帯一路)事業」を中心として、インドの周辺国への投資を進めていますね。
さらに、そこらへんの貧乏な国へ、せっせと気を配っている。
最近でも、習近平が、カンボジアを訪問していますし(さらに10/15現在、バングラデシュを訪問中と確認)、ミャンマーとか、ネパールとの関係もそうで、パキスタンやアフガニスタンもそう。
だから、そういう「周辺の貧乏な国」が、全体的に底上げされて、そこの国民が、普通のインド人よりもお金を持つようになったとき、インド人が「どうやら、自分たちだけが、取り残されてしまったようだ」と、認めざるを得なくなったとき、そのときが、インドが詰むときで、「貧乏でも、こっちのほうが上等なんだ」とは、もう、思い続けられなくなるときでしょう。
「自分たちも豊かになりたい」と思って、自ら方針転換をしたがるようになるときでしょう。
そうなったら、モディみたいじゃない政治家に、仕切ってもらいたいと、思うはずですね。
「貧乏でも、トイレが足りなくても、とにかくヒンズー教徒が一番偉いんだ」とか、「ケンカに強ければ、貧乏でも問題ない」と言っているような、そういう人じゃない人を、リーダーにしたいと。
ガンジス川
だから、中国は、まずは、インドではなく、その周辺の貧乏な国の底上げに集中し、その人たちにお金を持たせるように仕向けるというのが、正解なんですね。

車の両輪のように

そうやって、ロシアと中国が、車の両輪のように、役割を分担しながら、平和のために、動いている、私は、最近は、そういうふうに思うんです。
「悪者呼ばわり」をされながら、それに耐えながら、です。
xiputin